今日(3月11日)は、土曜日だがJTPAシリコンバレーツアーに出てきた。これはJTPA が毎年2回(昨年は諸事情により1回だけ)開催しているイベントで、日本から学生、若い社会人がシリコンバレーを見学するというものであった。
サンフランシスコ空港までは自力で到着し、そこからバスでMountain ViewにあるHilton Garden Innに移動。あとはそこに滞在してシリコンバレーで働く日本人のパネルディスカッションを聞くというものであった。これの3日目の「社内転籍制度を活かしてシリコンバレーで働く」というセッションに出て喋ってきた。
去年の同じJTPAシリコンバレーツアーと鹿児島大学のツアーでも似たようなパネルディスカッションに出たので、これが3回目。毎回パネルの最初の自己紹介では、大学出てから日本で就職して、いかにアメリカに来たかという話をする。これで同じ話をするのは3回目なので、そろそろ飽きてくる頃だが、相手は毎回変わるのでちゃんと話さなければならない。
今回のJTPAツアーは90人の応募があり、書類選考があって最終的に来たのは18人であった。それだけに参加者も真剣に聞いていた。我々のところには「今後日本に帰る気はあるのか?」「日本から転籍してきて、また日本で転籍で戻った人はいるのか?」というような質問が来た。私の答は両方ともNoであったが、学生さんがなかなか鋭い質問をしてくるなと思った。やはり書類選考で選ばれただけあって、なかなか鋭い。それに、今回は事務局がうまくパネラーを組み分けていいタイトルを付けてくれたというのもあるのだろう。
その後昼食時間が30分あって、その後シリコンバレーで起業をした3人のパネル、参加者の総括と続いたので、結局自分のセッションの後も居残って最後まで聞いていた。今日はツアー3日目で、参加者は3月9日から時差ぼけと戦いながら、9つのセッションを聞いていたそうだ。本当にお疲れ様である。我々が学生のころには、行きたくてもこういうチャンスは皆無だった。それだけにこの参加者は幸せだと思う。若いということがうらやましい。
その後、会場をMingという中華料理屋に移して、EFIの山村雅夫さんの講演があった。彼はエンジニアとして渡米し、EFIでマネージャーとして成功された人で、今ではSVPである。話は主に自分の経歴と、日米での会社の違いなどであった。これは学生だけではなく一般に公開されたJTPAのイベントであるが、我々パネルに出た人間は無料で出席させてもらった。
この時同じテーブルについた人とも話したのだが、シリコンバレーに来る日本人は少ない。インド人や中国人は多いのは仕方ないが、母国の人口の比率から言っても少なすぎる。シリコンバレーの日本人の数が増えてコミュニティが強力になることが、日本人ひいては日本のためになる。JTPAのこのツアーも、若い日本人にこの地を見てもらって、実際に来たいという気持ちを支援するという趣旨で行っている。そういう意味では、参加者を20人に絞るのはもったいない。我々パネリストはボランティアでやっているので、構わないのだが、これだけの人を集めて対象が20人足らずというのは非常にもったいない。ロジスティックスの関係で人数を絞らなければならないそうだが、できれば参加を希望した90人全員に出てもらいたかった。
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